陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「アンサング・ヒロイン」(十八)

2010-12-25 | 感想・二次創作──神無月の巫女・京四郎と永遠の空・姫神の巫女

レーコはおもむろにあたしの背もたれを回して、くるりと横を向かせ。
ついで、人ひとり分は置いた距離で、引き寄せた椅子に陣取った。こんなに荷物がたんまりあるスペースなのに。たったの椅子の二脚で、ふたりだけの取材現場がいっちょあがり。いつのまにか、カレースプーンを手にしている。なるほど、それがマイク代わりか。即席インタビューはじまり、はじまり。

「それじゃ、逆質問。コロナっておもしろい芸名だね」
「どこが? っつうかさ、そこは、素敵なお名前ですね、でしょ」

自称あたしのファンの端くれとやらのこのオンナ。
ふしぎだ。あたしは、この業界に身を沈めてからというもの、中身があってしかも毒まで利かせてくるような、そんな会話をしたことがなかった。

「光りの中心からはみ出てる感じがすごくいい」
「どーせ、あたしは、みんなを明るく照らす太陽みたいなポジション狙えないし」
「でも、元気に陽気、強気に本気がコロナの口ぐせ。しんどいね、そりゃ」
「やっぱり、褒めてない」

だって、そうじゃない。アイドルってそうじゃない? そうするしか生き残れないんだから。たかだか事務所につけられた名前だもの。選んで生まれた名前じゃない。そうよ、あんたが「くるすがわひめこ」の傘を持っていたのと同じようなレベル。どうせただの商品名。コロナは誰が名乗ったっておかしくない。名前にブン回されて、たまに自分がわからなくなる。

盗み撮られて、好き勝手な美の寸法で計測されて、腰のたるみや、肌のくすみすら許されっこない。あたしらはセルロイドの人形かっての。水滴の跡や指紋のかけらひとつなく磨かれたステンレスのシンクみたいに、あたしらアイドルはキレイなままでいなくてはいけない。ほんとうはメッタメタに傷を負っているのに。歓声という名の欲にまみれた汚水を流しつづけられる存在でしかないのだ。

「今日はどうしていつものツインテールじゃないの?」
「オフの芸能人がカメラの前と同じカッコで街を歩くはずないじゃん。着たきりスズメのアニメキャラじゃないし」

ポップコーンみたいに甘く弾けた声を。もちもちな笑顔で。事務所が用意したお子ちゃまじみた制服で、膝小僧や、腋の下や胸の谷間まで視線を誘い込んで。
あたしら、あと何回、あいつらの前で見せることができるのだろう。クリスマスとか、バレンタインとか、ハワイアンなビーチとか、ブライダルセレモニーだとか、そんなきらびやかな背景にぴったりおさまるフレッシュな姿を。ときめき溢れる瞬間のステージにいつまで立てるのだろう。

アイドルコロナ、永遠の17歳。
でも、成人式はすでに迎えていた。この世界では名前どころか、年齢も、国籍すらも、下手すりゃ性別すらもあやふやでよかった。受験資格なんてあってないようなもの。歌って踊れて、愛嬌あれば、それでよし。履歴書なんてほぼ白紙でよろしい。プロフィールなんてあとからいくらでもでっちあげられる。お偉いさんが売れると判断しさえすれば。

アイドルは人間の形をしていない。
髪形ですら自由に結ばせてもくれないし、長さもカラーも好きに変えられない。不自由なあたしたちは、いつだってその時代の着せ替え人形なのだ。ハートやスペード、スターにウサギ、愛らしいクッキー型を、乙女の柔肌にぎゅうぎゅう押しつけられている、そんな窮屈さ。素の自分らしさなんて、型からはみ出した余りもんの生地でしかなくて。こってりした牛タンが好きで、プリンなんて飽きるほど嫌いで、でも、そんなこと絶対に公然と言えっこない。よだれ垂らして寝ては、あぐら掻いて座る、ネットの悪口にすこぶる凹んでしまう弱気なそんなあたしは、誰も認めてくれないし、求めてもくれない。

応援が愛だという、このビジネス。愛情の分量をひたすら投票だとか投げ銭だとの数字で競わせる。
偶像に恋をするウブで不器用な皆さんのために、未来のアイドルを夢見てこの道をめざす若い子たちのために。涙をこらえて、あたしはあたしらしさを壊して進んでいくしかないのだ、これからも。

「アイドルはね、生身の人間、やめなきゃいけないの。胸のど真ん中に穴があいても平気でいなきゃできっこないわ」

いつのまにか、あたしは両膝を開いて、そのあいだに両手を伸ばしている格好をしてしまっていた。犬がお座りした両足の先を降ろしているような感じ。片膝だけ組んだりもする。お行儀のいいアイドルならば、カメラの前では絶対にしない。できない。この足癖が抜けなくて、デビュー当時はあたしだけ叱られていたっけ。

「アイドルもたいへん、たいへんっと。で。アイドルなら、これ食べる?」

レーコが差し出したのは、皿の上に乗せられたタコの切り身。
刺し身醤油とわさびが添えてある。ワンカップ瓶の焼酎を片手にして。酒は断って、タコのほうだけ口にした。ちょっと小腹空いてたし。二の腕やお腹まわりに響きそうなカロリーじゃないから。アイドルコロナさんなら食べない。ナマモノはノー・サンキュー。でも、素のあたしなら試しで食ってやってもいい。あんたの友だちなら食ってやるんだろう。漫画家センセイとやらの読者なら、先を争って奪いあいするかも。しかし、なんだこの間食のチョイス。

「アンタっていつも、こんなモノばかり食べてるの?」

いかん。ゴムみたいな歯ごたえに、あたしのあんた呼びが硬質化してしまう。

「良質なたんぱく質源です。こうみえて私、肉食系。日本人ならコメを食え、人間ならばタコも食え」

その食いあさった肉は、おまえの骨ぎすなからだのどこに消えたのか。
かけた調味料も大豆。栄養としていいのか、それで? つうか、そもそも人間としていいのか、その食生活で? でも、たしかにタコを悪びれもなく食えるのは人間しかいないだろう。ドイツだとサッカーの勝敗占いに利用されてる、ありがたい生きものらしいけど。

まあ、確かにヘルシーではありそうだけど。ピザとかケンタッキーフライドチキンとかを箱買いで食べてるようには見えなかったが、海鮮物で肉食系はなんか違う気がする。焼肉より刺身派か。どうでもいいが、タコだのイカだのエビだの食べてる時の顔はどうしてひょうきんに見えるのだろう。



【目次】神無月の巫女二次創作小説「ミス・レイン・レイン」




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