整体の創始者"野口晴哉"さんの話『風邪は何もしなくても治るものの、薬で治したら根本改善してないから風邪を繰り返す。風邪を引かない人もいるが本当に丈夫でその生活が良いか、感受性が鈍っているかの2択。後者 (...続く)
人間の怖れる病菌を専門に食べものにしているミミズの食べ方が判れば、殺菌灯も要らなくなろう。 知識で栄養を分別するには、まだまだ知識は充分ではない。 (1110日前)
人間の怖れる病菌を専門に食べものにしているミミズの食べ方が判れば、殺菌灯も要らなくなろう。知識で栄養を分別するには、まだまだ知識は充分ではない。
全生ということは文字通り生を全うすることであり、十全に生きることである。その全力を発揮して生くることを全生と言う。 (1110日前)
全生ということは文字通り生を全うすることであり、十全に生きることである。その全力を発揮して生くることを全生と言う。
子供を大人の小さなものに仕立てて喜んでいる人がある 早老の人を造っている (1110日前)
子供を大人の小さなものに仕立てて喜んでいる人がある 早老の人を造っている
自分が至らないから、まだ人を救えないとか、教えられないとかいう人があるが、至った人間など昔から一人もない。 ただ至らないままに人を導き、教え、救っていると、だんだん至る道に近づいてゆく。 (1110日前)
自分が至らないから、まだ人を救えないとか、教えられないとかいう人があるが、至った人間など昔から一人もない。ただ至らないままに人を導き、教え、救っていると、だんだん至る道に近づいてゆく。
ある時は泣く、又ある時は笑う。 同じ花が咲き散ることにでも、楽しくも悲しくもなる。 人間のこの自由な心を知ったら、何もこだわることはない。 泣きたければ泣く、笑いたければ笑うだけである。 (1110日前)
ある時は泣く、又ある時は笑う。同じ花が咲き散ることにでも、楽しくも悲しくもなる。人間のこの自由な心を知ったら、何もこだわることはない。泣きたければ泣く、笑いたければ笑うだけである。
人の死ぬことを知って生きている者は、いつも人生に誠実である。 人のいつか死ぬことを覚悟して生きる者は、養生の人である。 (1110日前)
人の死ぬことを知って生きている者は、いつも人生に誠実である。人のいつか死ぬことを覚悟して生きる者は、養生の人である。
野口晴哉先生は活元運動のBGMとして浪花節まで試してみたが、やりにくかったという。 エミネムのトラックでやってみたけど、曲によってはやりやすいのもある! これは東洋医学史上の新発見だろう。 (1110日前)
野口晴哉先生は活元運動のBGMとして浪花節まで試してみたが、やりにくかったという。エミネムのトラックでやってみたけど、曲によってはやりやすいのもある!これは東洋医学史上の新発見だろう。
すでに老衰した人は それ故に慎重であることより 冒険をむしろ愛さねばならぬ (1110日前)
すでに老衰した人は それ故に慎重であることより 冒険をむしろ愛さねばならぬ
今日を十全に生ききることを養生という。然るに明日の為に、今日の生を伝えることを養生のつもりの人がある。明日を十全に生きるための用意だとのことであるが、毎日、明日はある。そして毎日、今日なのである。
先が読めない、一寸先は闇とか言うが、明日のことが何でも分かってしまったら人生の面白さは半減してしまう。損したり得したり、思いがけない連続が世の中の色彩を豊かにしている。思うに一寸先は闇も又人生の面白さ (...続く)
生には死あり、死ぬことによって生きているといえる。 生死は別ではない。 我が裡に常時うごめく死を見詰めて生きる人は、生を活かす。 死を見ぬ人は生を歪める。 (1110日前)
生には死あり、死ぬことによって生きているといえる。生死は別ではない。我が裡に常時うごめく死を見詰めて生きる人は、生を活かす。死を見ぬ人は生を歪める。
自然は美であり、快であり、それが善なのである。真はそこにある。しかし、なげやりにして抛っておくことは自然ではない。自然は整然として動いている。その秩序がそのまま、素直に現われるよう生き、動くことが自然 (...続く)