陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「アンサング・ヒロイン」(十)

2010-12-25 | 感想・二次創作──神無月の巫女・京四郎と永遠の空・姫神の巫女

「でも、この傘は役に立ったでしょ。コンビニのビニール傘じゃこうはいかない」

眼鏡の女は、いきなり子どもみたいに傘をくるりと半回転させた。
あ、ヤバい! 留め具がねじれるぐらいブンと回って、あたしのほうに水を撥ねる…! ところがこの女、回転の勢いがつきすぎた傘の縁を手でつまみ押さえて、品よく揺り戻していた。いっしょにびしょ濡れになって笑いあってしまう、そんなうっすいラブコメみたいな間柄になるほど、こいつと気ごころしれたわけじゃないのだ。

なんども言うが、この女の子女の子した傘がこの謎のオタクじみたオンナには心底似合わないったらありゃしないっての。だからといって――。

「コンビニの傘なんて、死んだって買うもんか。あんな、クッソだっさいの!」
「透け感のある素材は絵映えしない。線が浮きまくる」
「そうよ、レインコートがファッションじゃないのとおんなじ!」

珍しく赤の他人と意見が合ったとは。
アイドルとしてのプライドにかけて、安っぽいビニ傘なんて買う気になれなかった。
そもそも、アイドルなんて自分で傘を差す人種じゃないのだ。

傘はスポットライトのように誰かが用意してくれるもの。
全身に浴びる太陽の光りをさえぎるものが頭上に来るなんて許せなかった。だから、あたしはお嬢様ぶって日傘なんか差してる女が大嫌いで、夏場はしっかりとUVケアを怠らない。だけど、今のあたしに必要なのは…。

「私、雨女だから、雨の来そうな気配には敏感。傘を持ってる時は、いいことある気がしてね。ジンクスなんだけど。ま、こうしていいモデルも拾えたし」
「…アンタの言ったとおりね、傘は必要だったわ」

たしかに女はそのパラソルであたしの顔を買ったのだ。このコロナさんの可愛い顔を。あたしのちっぽけなアイドル生命を護るには、傘一本でじゅうぶんだった。街中で一般人に喧嘩吹っ掛けたなんて知れたら、あたしの未来は閉ざされただろう。そして、今のあたしには傘を差してくれる人間が必要だったのだ。自分のうす汚れた顔をまもってくれる人が。

「さっきの、悪かったね」
「なにが?」

あたしは女の頬に、そっと触れた。
腫れはひいたふうでもなかったのに痛がりもせず、あいかわらずの無表情だった。ほんとに表情が読めないヤツだ。あたしがごめんってすなおに謝れるタイプじゃないのを、知っててわざとなかったことにしてくれてるのか。

「悪いと思ってるんだったら、付き合ってもらおうかな。コロナは暇?」

名前が一応は知られているだろうから、こちらが知りもしない一般人に呼び捨てにされるのは気にもしなかった。でも、いきなりの呼び捨ては面食らった。くるすがわひめこ、まるで、もうあたしのお友だち気取りか。だが、ふしぎとムカっ腹は立たなかった。

「暇ってわけじゃないけど。そうね、親切にしてもらった一般人にはちゃんとお礼しておかないとね。アイドルとしてファンを大切にするのはあたりまえだし」
「…そう、よかった」

眼鏡のむこうの瞳が、嬉しそうに笑っていた。
どっちみち今日はどこにも行くあてはない。それに、いまはこの直径一メートルのあたたかいスペースから出ていきたくなかった。



【目次】神無月の巫女二次創作小説「ミス・レイン・レイン」




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