陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「アンサング・ヒロイン」(十五)

2010-12-25 | 感想・二次創作──神無月の巫女・京四郎と永遠の空・姫神の巫女

マンションの外観は築十数年ほど経ったとみえて古びてみえたが、室内は案外広くて新しかった。
最近はやりのリノベーションってやつ。古いマンションの一室を安く買いあげて、お好みでリフォームしたのだろう。使いこなしのいいデザインデスクとチェアのセットが一体。その周囲に、センスは劣るが簡素な事務机が四体。机の上の書類という書類は、角をちぐはぐにはみ出させることもなく几帳面に整えられている。引き出しがだらしなげに階段状に開いて、外の空気を入れ込んでいたりもしない。あえて雑な部分をこの場に探り当てるとしたら、それはコルクボードに無造作にピンで止められた、無数の写真やメモの数々ぐらいなものだった。

部屋の主が貧弱なオンナのせいか、まわりにあるものすべてがかえってご立派に見えてくる。オーナーにしてはできすぎた部屋だった。

「駅やスーパーから近い物件はここしかなくてね。私はボロい木造アパートでも我慢できるけど。今の若いアシスタントは職場がキレイじゃないと来てくれないから。労働衛生もうるさいし、買い物も助かる」

すこしだけ言葉に棘をもたせてレーコが言った。
売れっ子作家だけど、けっこうイロイロ苦労してるんだ。ちょっとだけ、親近感が涌いた。

廊下入ってすぐの部屋。
がっちりした男の肩甲骨を思わせるハンガーには黒いフロックコートが掛けられ、その手前にはほっそりした丸みのあるプラスチック製のハンガーが女ものの春物コートを羽織っている。その掛金のちぐはぐしている様子といったら、仲睦まじい恋人どうしが唇を食みあっているかのように見えた。

明らかに紳士用とわかるあの黒いコートを目にするや否や、察しのいい人間ならば、この部屋に男の影を感じずにはいられない。だが、オトコが放つあの独特の匂いというものがこの部屋のどこからも嗅ぎ取れないことに、あたしはほっとしていた。同時に、そのような勘だけはちゃっかり働かせている自分の恋の遍歴にも、ほとほと嫌気がさしてもくるのだ。

それでも、ぎょっとしたのは、小さなハンガーに子供服が飾られていたことだった。
まさか、こいつ、すでに子持ち…?! あるわあるわ、つなぎのベビー服や、学ラン、紺のブレザー、体操服まで、よりどりみどり。自分の昔の思い出コレクションを展示していたのだとは思えない。なぜか、擦り切れていたり、燃やされていたりした形跡があった。さらに巫女服や、シスター、ナースや警察官の制服、経帷子まで取り揃えてある。精神衛生上詳しくは描写しないが、バニーガールのコスチュームや下着まで…。あたしの顔に浮かんだどす黒い発想を察したのか、レーコいわく、

「ここは衣裳部屋。服のひだとか、破れぐあいだとか。研究のためにね」
「あんた、その顔して変なコスプレ趣味があるんじゃない?」
「着せる趣味はあるけど、着る趣味はないな」

ちらりと目配せされたものだから、あたしは自分を守るようにコの字型に抱きしめた。
いやいや、あたしを実験台にしないでください。

「こっちも見る?」

案内された大部屋には仕切りがなく、右端にはシンプルなデスクの一群が置かれただけだった。
まるでそれは机と椅子を端っこに片づけられた掃除中の美術教室のようだった。部屋の八割を占めているのは何もない、がらんどうのスペース。離れたところに、環状にパイプ椅子が八脚置かれている。椅子といっても開脚が半端だったり、うつ伏せに寝かせてあったり、ただならぬ置き方で、ストーンサークルよろしくオブジェが並んでいるように見える。しかも、シートには「壱」だの「参」だの「陸」だのの漢字が書かれてある。

「ここ、なに? モデル囲んでデッサン会でもやるの?」
「違う」
「じゃあ、なんのため?」
「空想の置き場所」
「ハァ? そんなもん、頭んなかに入ってりゃいいでしょ?」
「リアリティ大事。床に魔方陣を描けば、エロイムエッサイムな悪魔の儀式。壁にティッシュの花牡丹を飾れば、ハンカチ落としのお遊戯会。スーツのおっさんを並べたら、いつまでもはねないぐうたら会議室。妄想って楽しい」

白目ひん剥いてヒヒヒとレーコ、口の端をあげて笑う。
人間離れした笑いで気持ち悪い。うにょうにょ虫が脳に寄生してるんじゃないかって顔してる。アイドルなら、やってはいけない面相だ。こいつはひとり連想ごっこでかってに酔えるらしい。

つうか、漫画なんて机さえありゃどこでも描けるでしょ。
大がかりな音響設備の整ったスタジオや電力を底なしに食い放題のコンサート会場よりも、わずか一畳ほどの風呂場で歌う鼻歌のほうがよっぽど気分良く歌えるのに。だだっ広いだけの場所なんて、音楽にはめざわりだ。

「人間の頭のなかは、全宇宙よりも広いってある文豪は言ったけど、そんなの嘘。狭い場所で育った人間は、どうせ狭い世界しか描けない」

想像力を高めるためには天井を高くするといいと聞いたことがある。
こいつの場合にはだだっ広い広場が必要なのか。部屋の端には、肘掛け椅子が置かれてある。それこそがこいつのでっちあげた空想の王国の玉座なのだろう。あいつはあの椅子に座って、眉間に皺を寄せながら、自分が編み出した空想物をあの空っぽの場所に並べ立て、傲然と見下ろしているのだろう。



【目次】神無月の巫女二次創作小説「ミス・レイン・レイン」




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