陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「アンサング・ヒロイン」(十六)

2010-12-25 | 感想・二次創作──神無月の巫女・京四郎と永遠の空・姫神の巫女

あたしはめざとく室内の家具に視線を行き渡らせた。
漫画家といえば、なんとなく、資料がてらに大きな本棚とか、オタクグッズとかありそうな部屋と思われがちだが、こいつの部屋にはそれらしきものがない。そこで目が留まったのが――。

「へぇ。これ、ニューモデルじゃない? けっこう、羽振りのいい暮らししてんのね」
「最近の漫画はデジタル処理することが多いから、必需品でね。おかげで徹夜明けの顔にトーンの削りカスが張り付いてるなんてこともなくなったけど」

大型ディスプレイにHDが収納された最新型の薄型デザイン。
音響ハウスで見かけたパソコンよりも大きい。ボディは純白だったが、ところどころ黒い指跡がついていた。キーボードに触れてみると、押し心地がなんとも軽い。古いパソコンにあるような指の疲れを感じさせない。

「ねぇ、ちょっとだけこのPC貸してくれない? ネットに繋がってるんでしょ?」

アイドルの本領発揮、おねだり。お願い、ねえいいでしょ。甘ったるい声で拝み倒し。

「いいけど、ジゴク通信にアクセスはできないから」
「いまどき誰もそんなアニメみたいな都市伝説、信じてないって」

あたしは呆れたような顔つきで返した。
ま、地獄に送りたいヤツはいるけどね。約一名、オトコで。

背もたれ付きの椅子に腰かけると、あたしはレーコのPCの電源を入れた。
聞き慣れたメロディが聞こえて、唸るような起動音がはじまる。青い珊瑚礁の海の画像を背景にして、あたしのシングルチャート自己最高位の曲が流れた。思わず笑みが生じた。いいシュミしてるじゃないの。

インターネット接続のブラウザを立ち上げて、検索サイトへ。
暗記していたURLを打ち込むと、あるブログが表示された。あたしは編集画面から、テキストを入力して記事を更新した。…つもりが、うっかりウィンドウを閉じてしまった。うわあ、やっちまった!

すると、隣からすうと右手が伸びてきて、カタカタと、画面を見たままでキーボードを打った。ピアノを弾くような滑らかな指の動きだった。

「☆☆☆ 駆け出しアイドルコロナの日記 ☆☆☆」というタイトルの頁が、またすぐ呼び出された。あたしはお礼も言わずに、手を止めたまま。カメラの前に出せないような、酸っぱい梅を含んだブサ顔をしていたに違いない。

お気に入りに入れてたんなら、早く言え。
つうか検索窓にあった履歴のワード。なんなんだ、あれ。鬼畜すぎて読者が知ったらしこたま泣くぞ。

「私はブログやってないから。検索しないで」
「…ちっ、バレたか」

舌の先をちょろりと出す顔つき。ハイ、そこでコロナさんの悪魔顔入りました。ラジオだと顔が見えないから、けっこう変顔だってできちゃう。

「もし出てきたら、それ編集か、アシスタントに代理で書かせてたやつ。でも、今は更新しちゃいないはず。だから検索しないで」
「……あ、そう」
「レーコって名前は珍しくない。漫画家、あたしのブレーメンラブで、検索ワード複数にすると出るかもしれないけど、魔窟だから検索しないで」
「…てか、あんた、やっぱ読んでほしいんでしょーが!!」

だ、だーん。勢いあまってピアノの鍵盤を叩くみたいにキーが鳴る。
また、ウインドウがうっかり消えて、レーコがちゃかちゃかとタイピング。ブログは検索エンジン経由でまたしても呼び出されていた。ねえ、それ、無駄にアクセス増やしやってない? ウェブってほんとは探しているあいだだけが楽しくて、捕まえた情報それ自体は食ってみたらつまんない、の繰り返しなのかもしれない。

「ブログじゃなくて、アマゾンのレヴューが出るかもしれないけど」

悲しいことに作者や本人たちの情報源よりも、非公式で非公認なファンの書き込みや発信力のある掲示板のほうが検索上位にきてしまうことも珍しくない。現代っ子たちは憧れのアイドルやスポーツ選手、センセイたちのあることないこと醜聞をまっさきに触れてしまうことだってあるわけだ。今世紀のインターネットは、かつての神秘的な、想う慕われのファンダムな世界をすっかりつくり変えてしまったのだ。ウキウキはすぐさまズキズキへ。好きなものや憧れのあの人の、知りたくなかったことまで知ってしまう。美少年アイドルの実際の背丈なんて、女の化粧すがたと同じで昔は見て見ぬふりをしていたものだ。なのに、今じゃ、ほんのささいな手落ちに瞬間最大風速であっというまにマイナスの嵐が吹き荒れる。

さらに、知ってか知らずか推しを前に出すあまりに、誰かのお気に入りに泥をかけてしまう。オセロをひっくりかえすみたいに、あっというまに巷の人気が裏返っていく。そして、年季の入りすぎた親衛隊どもは、おぞましいことに、神輿に担いだアイドル当人を落とすことさえ厭わなくなる。それはそれは、文化を愛する人類にとっての、とても不幸なことではないのだろうか。

「はいはい、家帰ったら読んどきますから…」
「あとでたっぷり時間あるから、自由に使っていい」

メガネの真ん中を指先で押し上げてフフフと笑う。生ぬるい熱気でレンズが少し曇る。
赤の他人にパソコン触らせるなんて、セキュリティどうなってんの、と思わないでもないが。レーコにとっては、どうやら、あたしは初日に家に招いて、パソコンの中身も衣裳のコレクションすらも洗いざらい許してしまえる仲であったらしい。



【目次】神無月の巫女二次創作小説「ミス・レイン・レイン」




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