陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「アンサング・ヒロイン」(十七)

2010-12-25 | 感想・二次創作──神無月の巫女・京四郎と永遠の空・姫神の巫女

「…でさ。悪いけどさ、すこしだけ席離れてくんない?」
「いちゃ、マズい? パスワード入力画面は見ないから」

椅子の背もたれに腕組みを置いたまま、レーコがあたしを見下ろしていた。
さっきから、自分のウェブ情報をしきりにエゴサーチさせようとするのも、なにか思惑があるらしい。

「どーせさ、アンタ、あとであたしのブログ見るんでしょ?」
「うん。一行ひと文字もらさず一年じゅう毎日ね。いつも、おもしろネタをありがとう。脳のビタミン剤です」

嬉しそうに目を細めて、悪びれもなく言うな。土偶みたいな顔しやがって。
つうか、あたしの日常はあんたの創作の素材じゃないっつの。ってか、あんたの暮らしぶりのほうがネタの爆盛りじゃないの。こんなスタジオセットみたいな自宅、見たことないわ。

「ほら、あっちに行った、行った。気が散るから」
「はいはい。退散、たいさんっと」

しっしっ、と体よく手のひらで追い払ったあたしは、もういちど、さっきの文面を書き込んだ。さっきは五分ぐらい考え込んで苦労して書いたけれど、二回目ともなるとあっさりとした書き方に抑えておいた。あまり長ったらしく書けば書くほど、自分の本心が覗かれてしまいそうで恐かったから。なにせ、あの子のシンパは多い。

『きょうは、お友だちの雨音しずくちゃんの結婚式。
 あたしは仕事があって出席できないんだケド。
 歌収録の帰りにスクリーンに映ってるの、観てました。
 しずくちゃんのウェディング姿かわいいかったよ。
 \(^▽^)/ ぉめでとぉ~』

「おめでとう」は書いた。ぎりぎり、踏ん張ってそこまでは書ききった。けれども、さんざ迷った挙句に「お幸せに」とは書けなかった。
そのおめでとうですら、どっかのサイトから拾ってきたおふざけ絵文字だった。かつて同じ夢を追ったしずくだから嫌だったのではない。相手があのオトコだったから、嫌だったのだ。あいつはオンナを幸せにできる奴じゃないのだから。

更新ボタンを押して、ほっとひと息ついたとたん。
またしても、暗闇の底から這い上がってくるような不気味なかすれ声がやってきた。

「…その文章、ゲロつまんない」

いつのまにかあたしの背後に現れて、モニタ画面を覗きこんでいたレーコ。
顔の表情をまったく変えずに、冷たいひと言だけぽつりと洩らした。珍しく、眉間に黒部峡谷かってぐらいの深いしわが寄っている。爪楊枝を立てられそうなぐらいに。しかも、…ハッ、という鼻先で冷たくせせら笑いまでつけやがって。ハッ、ってなによ。ほんと失礼な眼鏡オタクッ。

「ちょ! あっち行けって言ったのに!」
「更新し終わったんだから、今から読む。…で。なんで、こんなこと書くの? 顔と言葉が正面衝突、あらあら悲惨の極み」
「うっさいわね。あたしだって書きたくないけど、事務所にイメージアップで暇な時は更新しとけって言われてるのよ。芸能界って人づきあいうるさいから、いやでも仲良くしないと仕事干されちゃうのよ。この子、超売れっ子だしね。あたし、これでも明るいキャラで通ってんのよ」

アイドルの鉄則十箇条、その6:同業者の悪口陰口は自分に返ってくるものと心得よ。
先輩、大物はもちろん、後輩や新人でも仲良くしとかないと。せめてカメラが回ってる前では。追い抜かされた奴に仕事をもらうことだってあるのだ。

「百合営業? 新妻向けに? 性癖えぐいね」
「気持ち悪いこと言うな」
「ふぅん。で、家帰ったら、お風呂で爆音カラオケしたり、ぷちぷちをBダッシュの高速連打潰ししたり、ぬいぐるみをタコ殴りしてんでしょ?」
「つうか、なんで知ってんのよッ!」

ふいに、レーコときたら真顔じみて迫ってきた。地味な顔でもどアップになるとすこぶる圧がある。こいつ、健全な人間が許すソーシャルディスタンスをそもそもわきまえていない。

「知らない。私はコロナのことをまだ知らない。これから知りたいな」
「…な。あんた、少なくともあたしのファンの端くれなんでしょ」
「…で、ファンなら何でも知ってるの? ほんとうに? すべて? 読者は作者の何を理解するの? ファンはアイドルのどこと分かち合えるというの?」

ぐうの音も出ない。
政治家にしろ、作家にしろ、ミュージシャンにせよ、俳優やアスリート、そのほか、なんでもかんでも著名人もろもろ。アイドルやスターと呼ばれるまぶしく遠い存在に、一般人はなにを期待してきたのだろう。世の中をよくしてくれだとか、感動させてくれとか、すばらしい成果を残してくれとか、記録を打ち破ってくれだとか。素人ながらもあれやこれや注文をつけながら、パンピーの彼らはいつもビール片手にテレビの前で寝転がっているだけじゃないのか。あたしらは、あたしら並みに働いているよ、あなた方が想像するよりもはるかはるかに劣悪な条件で。全方位から監視されまくりで。24時間、傷だらけで戦っています。明日をも知れない業界の荒波にもまれて――そう言いたい言葉をいつも呑み込んで、手を握ったり、笑顔を振りまいたりしているのだ。



【目次】神無月の巫女二次創作小説「ミス・レイン・レイン」





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